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2007年10月30日

食通人の落とし穴

食通の功罪と呼ばれるものがあるそうです。
何でもほどほどが良いんですね。

食通と称されるためには、(たとえそれがいかに美味なるものでも)毎日同じようなものを食べていたのでは失格である。食通は常に新しい料理、食材との出会いを求め続ける新奇探求性格者と捉えられるだろう。

食通の起源はローマ時代にさかのぼる。皇帝や資産家は金に明かして食道楽に走った。満腹になると鳥の羽で喉を刺激し、食べたものを吐き出し、また食べるということを繰り返した。

その新奇性探求の結果、犯罪的な行為と見なされる活動をするケースもある。例えばツグミは日本に於いて捕獲を禁じられている鳥だが、これを食べるために密猟者を使ってこれを捕らえさせ、調理する事例が挙げられる。このような行為は勿論、違法な犯罪行為である。フランスの前大統領は死期が迫ったとき、保護鳥を料理して大往生したとされる。

またより美味を探求するため最上の素材の最上な部分だけを消費し、それ以外を食品廃材として廃棄するケースもあり、これは法的な犯罪ではないが倫理的に問題視される傾向もある。更には如何な美食家がその実に於いて大食漢であろうとも胃の容量には必然的かつ物理的に限界が存在する。結果的に豪奢な料理を前にして食べ残す事もあり、これが残飯として廃棄される事から、これも「犯罪的な浪費行為」と非難を被る場合もある。

その一方で食通が流通する食材の良し悪しを判定する事でその産地がにわかに有名になったりまたは没落したりする事も在るが、これに食通自身が責任を取る事は無く、また著名な食通が推した事で乱獲が進み、一般にその食材が得がたくなる事もしばしばである。

ただ、その良く訓練された味覚を持って良き物を評価し悪しき物を不可とする事でその質を知る事ができるため、一般の消費者はその評価に沿って店を選ぶ事で旨い料理を食べる事ができる。しかし近年では商業主義に則ったコマーシャリズムの一環で本当に旨いかどうかが微妙な評価も含まれる事もあり、他方ではにわかに有名になった料理店で料理人が慢心し、質が低下する問題も起こり得る。

舌による味覚や痛覚の脳への伝達は個人差の大きいものであり、食通と呼ばれる者の評価が必ずしも世間の大勢を占めているわけではない。しかしながら、著名な食通によって不可となされたものの価値が著しく落ちることもしばしば見られる。また食通による評価に刺激物(辛いもの)が強いと味がわからないというものもあるが、味覚は顔面神経により、痛覚は三叉神経により伝達することが知られている神経学の立場に立てば、むしろ顔面神経が劣化していると言わざるを得ない面もある。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』

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